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神戸地方裁判所 昭和39年(ワ)590号 判決 1965年11月05日

原告 川端喜一

右訴訟代理人弁護士 田中成吾

被告 マルハ商事株式会社

右代表者代表取締役 林満

右訴訟代理人弁護士 熊谷直三

主文

一、被告は原告に対し別紙目録(一)(二)記載の投資信託証券並に預り証を引渡せ。

二、同目録(一)の投資信託の証券の引渡が出来ないときは被告は原告に対し金一二五万二、八〇〇円を支払え。

三、原告爾余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、本判決(一)(二)項は原告に於て金五〇万円の担保を供するときは仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

一、被告が神戸穀物商品取引所並に大阪砂糖取引所所属の商品仲買人で布施市足代新町に営業所を設けていたこと、原告が昭和三九年二月一日布施営業所を通じ被告に別紙目録(一)の大商証券株式会社の投信証券三〇〇口を同年五月九日同目録(二)の日本勧業証券株式会社の預り証を渡したこと、右目録(一)の証券の換価額が一二五万二、八〇〇円であることは当事者間に争がない。

二、≪証拠省略≫によれば訴外丸井力はもと日本勧業証券株式会社に勤めていて原告を勧誘し計二八〇万円の投資信託に加入せしめたがその後の値下りにより原告に損を生ぜしめていたこと、丸井は昭和三八年一一月被告方布施営業所の外務員として入社し翌年二月四日同僚の坂下某とともに原告方を訪れ同人に投資信託では値下りのため損となっていて申訳ないその損を填めるから何か証券を貸してくれという趣旨のことを申向け同人を信じさせ別紙目録(一)の大証券の投信証券三〇〇口分(額面一五〇万円)を預ったこと当時丸井は預った証券による具体的な運用方法については原告に説明せず、とにかく委せておいてくれという趣旨のことをいったに止まること、これは証拠金を預けさえすればその売買は凡て一任してくれといういわゆる委せ玉の意味で丸井がいうたものであるがそのことは原告に徹底していなかったこと、丸井はこれを布施営業所に持帰り本社たる被告方へ証拠金として納めたこと、その上丸井の上司たりし当時の被告会社布施営業所長日名重男は原告から何ら具体的な指示を受けることなく原告の証拠金を以て同年二月二七日以降勝手に小豆、大手芒等の取引を敢行し結局同年四月二八日現在の帳簿面では二一五万九、五〇〇円の損金となっていること、同年五月九日丸井は同僚の年梅某坂下某とともに日名重男の命で再度原告方を訪れ、原告の損金が一三一万四、五〇〇円であることを示す売買精算書(甲第三号証)を渡し「前に預った証券は損金になってしまったが更に二〇〇万円程証券を出してくれしばらくすれば前の赤字の分も必ず取返す」という趣旨のことをいうたため原告は又もこれを信じ別紙目録(二)の日本勧業証券の投信証券四六〇口分の預り証を委任状とともに渡したが間もなく人から注意され日本勧業証券株式会社へ預り証で取りに来ても本券を渡してくれるなと連絡したため預り証のままになっていること、丸井が日名にいわれ再度の証拠金を勧誘に行ったとき持参し原告に渡した甲三号証と被告方の勘定元帳たる乙一号証の二、三とは一致せず勘定元帳には原告の損金は二一五万九、五〇〇円となっているが甲三号証たる売買精算書には一三一万四、五〇〇円の損金までしか示していないがこれは丸井や日名が故意に一三一万四、五〇〇円迄の損金しか示さず隠していたものと解されること等の各事実が認められ以上の認定に反する証人丸井力、日名重男、被告会社代表者本人尋問の結果は措信しない。

三、そこでこれが被告の社員たる丸井等の詐欺になるかどうかを案ずるに丸井が第一回に原告より大商証券の投信証券を預った際、同人の身分を示す名刺を渡し、被告名義の預り証(甲一号証)を渡していることからもこれが被告の経営する商品取引の証拠金として利用されること、従って商売は儲るばかりでなく損することもある危険なことは原告も認識していたといわざるを得ないがその証拠金を以て仲買人が預け主の具体的な指示を受けることなく勝手に取引を行ういわゆる委せ玉はその弊害の故に禁止されているところであり危険の度合も高いものであるから被告の店員がそれを行うためにはそのことを十分に説明し完全な合意が出来ておるならともかく委せてくれれば必ず儲かるという甘言を用い証拠金のための有価証券を預けさせ、これにより勝手に取引を行うことは相手の無知に乗ずる詐欺に該当すると解する。この点被告代表者本人尋問の結果によるとたとえ日名が勝手に行った場合でも被告は売買の都度か全部かは分らぬがとにかく原告に売買の報告書(乙二号証の一やそれと類似のもの)を送付していることが認められるから原告が用心さえすればその実体を更に認識し得たものではあるが原告本人尋問の結果によれば、この報告書が送られて来たとき同人は丸井に電話したが同人は仲々電話に出ず出ても大丈夫だから委しておいてくれというたことが認められ詐欺の成否を左右するものに非ず、又証人日名重男は原告より委せ玉の委任状を受取ったといっているが、この証言は措信できない。従ってたとえ原告の名を以てなされた取引の損失が如何ようなものであっても原告に対して効果を生ずるに由なく原告の請求は理由がある。

四、さればこの詐欺による有価証券等の寄託を本件訴状送達により取消し引渡を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し被告に別紙目録(一)(二)の有価証券と預り証の引渡を命ずることとする。尚目録(一)の投信証券は他に売却されている可能性のあることは弁論の全趣旨により十分認められるところであるから原告の申立に従いその代償請求として当事者間に争なき金一二五万二、八〇〇円の支払を命ずることとするが、原告の求める遅延損害金は前示有価証券の引渡が不能のときはじめて効果のある本件ではその支払を命ずる必要なきものであるからこれを棄却し訴訟費用等に民訴法八九条九二条但書、一九六条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 森本正 裁判官 菊地博 保沢末良)

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